劇画版:赴戦江発電所の誕生

2026年1月8日

延岡工場群を建設している時期に、野口遵は並行して朝鮮開発を進めていたことはこのホームページをご覧の方にはすでにご案内済みですが、興南コンビナート建設のためには電力がいります。コンビナートに先立つ巨大発電所の建設計画があったというわけです。妄想老人はその解説記事をすでに掲載しましたが、「赴戦江発電所開発物語」は劇画化の良いテーマになると考え、2日かけて作成してみました。

この物語には3人の主人公が登場しますが、主役は久保田豊です。もう二人が森田一雄と野口遵ということになります。

久保田豊はこの赴戦江プロジェクトのあと長津江、虚川江における巨大発電所建設の先頭にたちます。その後、鴨緑江の中流に水豊ダムという当時としては超弩級のダム・発電所を建設しますが、この頃にはすでにその活躍は朝鮮窒素の枠を超え、その後南方に進出。戦後は「日本工営」という会社を立ち上げ、全世界のすみずみに土木建築を広げていきます。1985年に「勲一等旭日大綬章」を受賞、1986年に亡くなるまで、壮大なスケールで世界を駆け巡っていました。日本窒素・朝鮮窒素・旭化成関連で超初期に活躍した人々のなかでは、最も長きにわたって活躍した人だと思われます。

さて話は二人の男(久保田豊と森田一雄)が東京の久保田の事務所で、朝鮮半島におけるダム・発電所開発を夢見、熱く戦略をねっている大正12年に始まります。