レーヨンを作ってみよう!
2026年6月15日
レーヨン工場は一棟200 x 100m(二階建て)の巨大な建物。これほど巨大な建物の中は一体どうなっていたのでしょう?
工場の外から運び込まれるものは、糸の原料である木材由来のパルプです。引込み線で運び込まれます。このパルプを溶解する苛性ソーダは恒富の薬品工場から須崎橋・五ヶ瀬橋の下を通るパイプラインで中川原に運び込まれます。二硫化炭素は中の瀬の別工場で製造後、これもパイプラインで持ち込まれます。硫酸は内製ですので、硫化鉄(黄鉄鉱)を運び入れて作ります。あと大量の水が要りますがこれは祝子川から取水。
AIに「レーヨンを一日10トン生産するためには、原料のパルプが何トンいりますか?」と聞いてみたところ、セルロースを取り出し、別の形で製品化するだけだから、原理的にはパルプ10トンで変わりませんとの返事。
それだけのことしかしていないのに(最初の疑問に戻りますが)あの巨大な工場の中では何が行われているのかな?
以前から調べてはいるのですが、あまりに複雑でなかなかスッキリしませんでした。あらゆる疑問をAIにぶつけ、ある程度納得できましたのでご報告してみます。
(以下の工程図表は”1930年頃の世界における一般的なビスコース・レーヨン製造法"に基づいて作成しています。工程の中にはセントル法とスプール法などの違いで説明が変わるところがありますが、延岡ではセントル法を用いたという記述に基づき記述しています。二階と一階の違いや、作業の導線などがわかると面白い作画ができるのですが、現在のところ一切不明です。想像で作画しているので、実際との乖離にはご容赦ください。将来このページが洗練されたものになることを期待しています)

レーヨン工場の職場にはいろいろありますが、工場の核心は3つの部署なんです。コレ覚えておきましょう。
1)原液
2)紡糸
3)仕上
昔社宅にいた頃、誰々さんは「原液」、誰々さんは「仕上」とよく言ってました。
上の図表だと10工程に分かれていますが、それぞれが複雑です。3つにわけて見ていきましょう。

工場に運び込まれたパルプは米国やカナダからの輸入もので、現地で前処理されています。これは粗大なセルロースの塊ですが粉砕後、苛性ソーダで溶解、二流化炭素と混和しビスコースという粘稠な原液にしますが、このあと数日に渡ってタンク内で熟成工程が待っています。この熟成という言葉が「近代化学工業」にはそぐわない。むしろ醸造所ですね。きっと優秀な「杜氏」がいたに違いない。

紡糸工程は、原液を40個の小孔があいたノズルから硫酸槽のなかに射出させるところから始まります。ところてんのように飛び出した糸は硫酸液と反応しながら、次の遠心機に吸い込まれ、40本がうまく1本の撚り糸として巻き取られていきます。この巻き取られた塊を「ケーク」といいますが、直径30cm、1kg程度の重さの湿った糸塊です。
出来上がったばかりのレーヨン糸はまだまだ不純物が多く、これを洗浄、漂白、乾燥、油化等々いろんなプロセスで仕上げていき、最後にきれいな一本の糸としてほどいたものを、直ちに整然とボビンに巻き付けて製品化します。
一日に出来上がるケークの数はおそらく数千個であり、これを千人単位の女工さんたちが、遠心機から外し(これを「玉揚げ」というらしいが面白いですね)、次々に洗浄槽に入れて出し、漂白槽にいれて出し・・・というようなことを人海戦術でやっていたのが昭和のレーヨン工場です。彼女たちの「凄腕」が発揮されるのは更に糸が切れたときです。切れた瞬間にプロセスを止め、またたく間に糸を結び直す。何事もなかったかのように、プロセスを再開させる。
レーヨン工場を成り立たせていたのは、優秀な女工さんたちがいくらでもいたということが大きかったようです。
あとは先行事業として「苛性ソーダ」が安価にいくらでも使えたこと。
もっとも大きいのは水:日本でも稀なきれいな「祝子川の水」