昭和10年 興南への就職
2026年4月11日
昭和10年に旭化成(当時の旭べ社)に大学卒業後、新卒就職したとします。たとえば東京の大学を卒業して赴任するとします。入社式に間に合うために、東京駅を3月30日の午前10時30分発の急行に乗ると、21時間後の翌朝3月31日午前7時に下関に到着します。7時18分発の関門連絡船に乗ると15分後の7時33分に門司に到着します。門司発8時45分の急行に搭乗すると6時間後の14時30分に延岡駅に到着します。結局28時間かかることになるわけです。彼はこのあと延岡の事務所に立ち寄り、独身寮へ案内されることになります。そして4月1日の入社式を迎えるということになります。
桜が満開の昭和10年の延岡をAIに描かせてみました。

丁度同じ昭和10年に朝鮮窒素株式会社の興南工場に新卒就職したとしたら、どんな旅をすることになるのだろう。そんな旅程を文章に残してくれた方がいます。昆さんという方です。昆さんの足取りですが、東京から下関までは延岡組と同じです。そこから彼は関釜連絡船にのり釜山、京城(ソウル)を経て興南に至りますが、結局50時間くらいかかるのです。大旅行だったんですね。しかも彼の記述によると、当時当節の北朝鮮は新緑がなく、黄色・灰色の世界だったとのことで、大変なところにやってきたとのことでした。これをAIに描かせてみます。

日本鉄道旅行地図帳〈歴史編成〉朝鮮台湾 (新潮「旅」ムック) – 2009/11/1発行から参照しました

次は昆さんの随筆です。この文章は「日本窒素史への証言」:第11巻に掲載されています。続きが読みたい方は国立国会図書館のデジタルコレクションでお読みください。全部で30ページもあるのですが、当時の朝鮮における仕事やスポーツ、旅行に多くがさかれ、なかなかに読み応えのある文章です。
「日本窒素史への証言」は1977年に第一巻が発刊され、1987年に第30巻が出ました。続いて1995年ころまで続刊が15巻くらい発刊されています。戦前の日本窒素で働いていた方々の証言であり、あるいは自由な雑感記録集です。


追記:今の日本では東京ー延岡ですと飛行機で大体5時間半、新幹線を使って8時間半くらいで行くことができます。(乗り換え待ち合わせ込み)
昭和の初めのように列車だけで(特急を使わずに)行くとすればどれくらいかかるのか?AIに調べさせてみたのです。
(ここでは便宜上 東京ー下関の旅程としました)
私いままで知らなかったけど、現在の日本には「急行」というものがないんですね。なくなっているんですね。
特急以外では「快速」「新快速」はあるけど。加えて特急以外で遠隔地どおしを結ぶ列車がない。ですから令和の今では普通や快速を乗り継ぎ乗り継ぎでいくしかない。これで行くとどれくらいかかると思います皆さん?
結果は恐るべしです。

昭和初期と変わらないじゃないか!!