安賀多町・恒富町の空襲被災

2026年9月10日

町家の被害を中心に紹介していきます。すこしわかりにくいのはベンベルグ工場や薬品工場が一見焼失していないように見えることです。鉄筋コンクリートの大きな建物は焼夷弾攻撃に比較的強かったんでしょう、大瀬川近くの女子工員寮、病院、ベンベルグ地区、薬品地区のほどんどは損壊ないように見えます。航空写真ではそう見えます。一方周辺の社宅や供給所、ベンベルグと薬品の間の民有地、また薬品工場の南の住宅(別府町)、出北の町家の焼失はかなり広範です。恒富小学校が無事のように見えます。

安賀多町、恒富町は部分的に残っている家が散見されるくらいで、大半が広範に消失しています。北は大瀬川河畔、西は延岡中学校の校舎(半焼)、南は済生会病院(今の県立病院)がぎりぎり燃えていません。

今の延岡警察署のあるあたり(当時の詳細は不明)が部分的に焼けています。女子寮の近くでは中島町がほぼ全焼失、惣領町、出北町もかなりほ被害が出ています。このあたりの愛宕町では国道沿いの町家が焼けています。

安賀多恒富を鳥瞰図で見ていきましょう。遠すぎてよくわからないですかね。手前の工場群はほとんど燃えていません。ベンベルグと薬品の間の民有地とそれに続く出北の被害はわかるでしょう。愛宕山の麓の現在の警察署のある場所の焼失もわかります。この写真だと安賀多町の被害が一番ひどいようです。一見恒富は家屋が残っているかのようですが、近づくとこれは燃え残りなんです。ほぼ焼失しています。

近接です。済生会病院と恒富小学校が残っているのが目立ちます。恒富小学校の右手(北側)は工場付属の社宅です。一見被害ないように見えますが、これは小学校近傍の6〜7軒が無事なだけで、残りは全焼です。恒富町は燃え残り以外に更地・農地に見える場所が目立ちますが、空襲前の写真ではこのあたりも密に家が建て込んでいました。空き地は焼失家屋なんです。

安賀多橋から安賀多町の交差点にかけて。女子工員寮が無事に見えますが、これ相当煤けています。中島町の被害は甚大です。なにも残っていません。

ベンベルグ工場の東側ですが一見空襲跡地のように見えますが、空襲前の写真と変わりませんので空き地か屋外の作業場のような区域だったのだと思います。左上に見えている社宅は全焼しています。

女子寮の間に小さな建屋が見えるのがわかるでしょうか?これ今回初めて存在がわかったベンベルグ工場病院です。

ベンベルグ工場と薬品工場の間の民有地は空襲でほとんど跡形がありません。また薬品工場もこのあたりはかなりの被害をうけているように見えます。この工場の上に昔の延岡支社が見えます(大きなプールの下)。道路の反対側からの写真は初めて見ます。またその上の社宅(昔の薬品・アンモニア社宅)は全焼しています。その上が恒富小学校(隠れてみえない)

最後の写真は愛宕町ー春日神社ー古城町と恒富町です。右下に恒富小学校。その上に済生会病院(のちの県病)。上の方にぎりぎり焼夷弾を浴びた延岡中学校が見えます。