B-29から見た延岡大空襲
2026年9月20日
これまで延岡大空襲について、新しく手に入れた航空写真をもとに、分かる範囲ではありますが解説してきました。さて空襲というのは被災側だけではなく攻撃側の視点というものもあります。実は延岡大空襲には米軍側にも相当な量の記録が残されています。米国公文書館 (NARA:National Archives and Records Service)(正式には「アメリカ国立公文書記録管理局」)には機密解除となった書類を含め第二次世界大戦関連の資料が眠っています。その資料内容についてWikipediaを一部引用してみましょう。
NARAの資料は紙、マイクロフィルム、航空写真、静止画(スチル写真)、動画映像、(映画フィルムやビデオ、レコード)、電子メディア(CDなど)といった形態がある。公式サイトによれば、2021年現在全米33箇所のNARAには、40億枚以上の公文書、約30万本の映像フィルム、500万枚以上の地図・表・設計図、20万件以上の音声・ビデオ記録、900万枚以上の航空写真、約1400万枚のスチル写真やポスター、約7600セットのコンピュータ・データが保存されている。
900万枚以上の航空写真とありますが、その中から妄想老人は米国の代理人を通して延岡の航空写真を購入したわけです。このような代理人(複数人います)がいることは比較的すぐに分かりました。彼らは航空写真の専門家で、世界各地からの依頼を受けて目的の航空写真の「あたり」を付けてくれ、写真のロールを開き、スキャナーでコピーをとってくれ、そして私たちに送ってくれることを仕事にしています(料金は要ります)。この話は面白いのでまた別のところでしましょう。
1945年に入ってからの日本本土の空襲の多くはマリアナ諸島の4つの飛行場からB-29 爆撃機によって行われました。6月29日延岡大空襲はグアム飛行場を本拠地とする航空隊314によって行われました。グアムから延岡は1500kmありますので、延岡時間の前夜28日20時30分ころ離陸したことになります。およそ5時間かかって日本本土に近づきます。
この日は延岡以外にも門司、岡山、佐世保の3都市に同時間に空襲が行われています。門司と延岡組は下の地図のように高知県の沖ノ島が日本接近の第一目標として選ばれます。ここから目的地に分かれて行くわけです。延岡には最終的に117機が飛んできました。

約5時間の飛行の後、6月29日深夜一時すぎに高知県沖に到着した最初の一機は、レーダーで沖ノ島を見出し、左へ進路を変えます。ここから80km西方の延岡空域に侵入する16分前ということになります。本土到着とともに7人の搭乗員に緊張が走ります。この日の延岡は雲海に覆われており、雲量は9/10~10/10 と記録されていました。ほぼ視界飛行は無理です。以下のようなレーダーガイドが事前に搭乗員には知らされていました。

当時の最新のレーダーでは個々の建物の識別は無理ですが、海と陸地の境、大河川と橋の区別は可能だったようで、しかもこのころの空襲はB-29が高度3000mというかなり低いところを飛びますので、このレーダー攻撃が可能となりました。

最終アプローチではB-29 の航法機関士はあらかじめ決められていた「爆撃目標中心(MPI:Mean Point of Impact)」を探します。一年以上前から延岡を探索していた米軍が、もっとも効果のある中心目標として定めた場所が「主要道路橋の南詰」という名前で呼ばれたところで、空襲の結果からこれが「安賀多橋南詰」であっただろうと推察されます。
この日空襲を受けた四都市のMPIについて写真を添付しておきます。左上が門司(黒X)、右上は岡山(白x)、左下が佐世保(白x)であり右下が延岡(黒X)ですがわかりますでしょうか?
117機のB-29 は一機づつ延岡上空に侵入し、レーダーでMPIを探し、これを目標に焼夷弾を投下したわけです。

B-29 の速度は時速300Kmですので一分間に5km進んでしまいます。長浜上空からMPI上空まで3kmですので36秒しかありません。あっというまに延岡上空を通り過ぎます。一瞬の間に焼夷弾を投下しては、逃げるように左旋回し日向灘に出て5時間かけてグアムに帰投した。これが一戦闘員にとっての延岡空襲でした。

一戦闘員にとってはそうでも、延岡市民にとってはこれが117回繰り返されたわけです。たまったものではありません。深夜一時半から3時頃まで延々と空襲は続いたわけです。空を見あげても飛行機の群れがいるわけではありません。おそらく一回に一機しか視野には入らなかったと思います。一機による単独空襲というのがその頃の米国の標準だったのです。飛行機間の距離は約5kmであり、夜間ですのでお互いは確認できなかっただろうと推察されます。
以上が延岡大空襲の実相ですが、今後しばらく時間をかけて、その内容を膨らましていこうと考えています。